学術情報

第70回日本産科婦人科学会 学会講演会
ランチョンセミナー43

産婦人科領域における
遺伝カウンセリングの重要性

座長 国立成育医療研究センター 左合 治彦 先生

演者 国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科 四元 淳子 先生

遺伝カウンセリングとは

遺伝カウンセリングは、遺伝医学情報の提供と、心理社会的支援および意思決定支援を行うカウンセリングを同時に行うものである。遺伝カウンセリングでは、「 Why did it happen?(なぜそれが起きたのか)」と「Why did it happen to me(us)?(どうしてそれが私(たち)に起きたのか)」という2つをクライエントから問いかけられることがある。前者の問いへは正確な遺伝医学情報の提供を行い、後者へは、クライエントにとって最善の選択ができるよう心理社会的支援や教育的な関わりを通して、サポートを行っていく。

出生前診断が妊婦に与える影響

出生前診断に関する複数の研究で、陽性と判定された妊婦では不安が上昇する傾向にあることが報告されている。一方で、陰性と判定された場合には妊婦の不安は軽減し、陽性の判定を受けた後に確定検査で対象疾患でないことが確認されると、陰性と判定された妊婦と同等のレベルまで不安が解消されるとの報告もある。出生前診断の受検者と非受検者のグループ間では、メンタルヘルスへの影響には有意差が認められないが、受検・非受検にかかわらず、事前の遺伝カウンセリングを受けたグループの方が、事前の遺伝カウンセリングのなかったグループと比較してメンタルヘルスに関してよい影響がみられたとの報告もある。この報告からも、出生前診断に関する遺伝カウンセリングは、妊婦のメンタルヘルスを良好に保つ一助となる可能性があるといえよう。
 また、妊娠期間中にメンタルヘルスを良好に保つことは、出産後の児との愛着形成によりよい影響を与えることが分かっている。そのため、出生前診断実施前後の遺伝カウンセリングは極めて重要である。

各ガイドラインに共通する遺伝カウンセリングについての方針

出生前診断の中でも、特に NIPT における遺伝カウンセリングの方針については、複数の学会ガイドラインで共通して以下の項目が記載されている。

【NIPTにおける遺伝カウンセリングの方針】

  • NIPT は非確定的検査であることの説明
  • 全妊婦に対する検査前の遺伝カウンセリングの実施
  • 結果が陽性であった妊婦に対する、検査後の遺伝カウンセリングの必要性
  • NIPTで陽性を判定された後の確定的検査(絨毛検査 / 羊水検査)の必要性

出生前診断の遺伝カウンセリングの課題

課題は大きく3点に分類される。第1に、「出生前診断の曖昧さ」がある。すべての遺伝学的検査に当てはまるが、出生前診断においても、受検すれば必ず診断的結果が得られるとは限らない。常に曖昧さが伴うことを遺伝カウンセリング担当者は理解し、クライエントに理解を求める必要がある。第2に、「予期せずに生じる出生前診断」の存在である。超音波機器の精度向上に伴い、胎児形態異常が通常の妊婦健診でも発見されるようになってきた。この場合、クライエントが希望した出生前診断でないため、より細やかなフォローが求められる。最後に、「意図的な出生前診断」である。これは、クライエントが高年妊娠や家系内の遺伝的状況をもとに、自ら希望して出生前診断を行うものである。この場合には、クライエントがどうして知りたいと思うのか、具体的に何を知りたいと思っているかについて十分な遺伝カウンセリングを行う必要がある。

母体血中 cell-free DNA を用いた出生前診断によりわかったこと

NIPTによってさまざまな副次的な成果も得られている。例えば、偽陽性の背景や、偽陰性および判定保留の背景には、母児の様々な病態が反映されていることが判明してきた。以下で NIPTコンソーシアムの臨床研究で得られた結果の一部を紹介する。

偽陽性の要因

本邦における偽陽性の要因としては、Vanishing Twinや胎盤性モザイク(CPM)、児のモザイク等が挙げられる。

判定保留の要因

判定保留の要因は、母体要因と胎児・胎盤要因、その他に分類される。母体要因としては、ヘパリンの服用や母体腫瘍、自己免疫疾患、母体の CNVs(copy number variations)が挙げられ、胎児・胎盤要因としては、児の染色体異常や胎盤性モザイク、Vanishing Twinが挙げられる。児の染色体異常では、Microdeletion やモザイクといった例が報告されている。なお、その他の要因としては、母体の高度肥満による胎児DNA 濃度低値が挙げられる。

母体の染色体疾患

21q22.2 の 0.85Mb の領域においてcfDNA量が 1.5倍増加しているために 21トリソミーが判定保留として結果開示された、という症例を紹介する。この症例では、21番染色体の他領域の増加は認められないことから、母体の染色体微小重複が疑われた。また、当該重複領域は Down Syndrome Critical Regionと近接しているため、判定保留かつ胎児の侵襲的検査を推奨するという結果での返却となった。このように、判定保留の症例では、母体由来の微小な染色体重複 / 欠失が関係している場合があるということが判明している。

偽陰性の背景と要因

NIPTの結果が陰性であっても、児がトリソミーである、いわゆる偽陰性症例がいくつか報告されている。NIPT が陰性で、妊娠中に特記すべき所見がなく、生児の末梢血が21トリソミー (47, XX, +21)であった症例において、SNPアレイによる胎盤分析を行った結果、70%が正常核型(46, XX)、30%が 21トリソミー (47, XX, +21)の胎盤性モザイクが認めらた。この胎盤性モザイクが NIPT 偽陰性の要因だと考えられる。
 そのため、遺伝カウンセリング担当者は、NIPTでは胎盤由来の cell-free DNA を検出し、胎児の核型そのものをみているわけではないことに留意し、遺伝カウンセリングを実施すべきである。

NIPTの遺伝カウンセリングに求められる要素

NIPTコンソーシアムでの研究を通して、NIPTにおける遺伝カウンセリングでは 9 点の要素が求められていることが明らかになった【表1】
 この他にも、遺伝カウンセリングの実施を通して、遺伝的多様性に対する理解促進のための働きかけや、将来的な社会福祉制度充実に向けての働きかけも求められている。
 遺伝カウンセリングとは、「疾患の遺伝的関与について、その医学的影響、心理的影響および家族への提供を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセス」である。NIPTをはじめとする出生前診断においても、遺伝カウンセリング担当者は以上のことを念頭におき、クライエントに接することが求められる。

【表1】

  1. ① 十分な時間と診療枠を確保した遺伝カウンセリング体制
  2. ② 臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーなどのスキルのある医療者による遺伝カウンセリング体制
  3. ③ 結果陽性者に対するきめ細やかな対応
  4. ④ 意思変化などの迷いをみせる妊婦に対する慎重な対応
  5. ⑤ わかりやすい視覚的カウンセリング資料
  6. ⑥ 妊婦背景に応じた個別化対応
  7. ⑦ かかりつけ医、NIPT 検査施設でのファーストタッチを含めてのマインドフルな対応
  8. ⑧ 偽陰性および常染色体疾患以外の疾患についての情報提供
  9. ⑨ 継続する・しないそれぞれに応じての具体的な情報の提供

①〜⑥: Junko Yotsumoto et al. Journal of Human Genetics 2016 Dec, 61(12),995-1001、⑦〜⑨: NIPTコンソーシアム「母体血 cell-free DNA 検査に関する研究」より
※ 記事化にあたり、一部内容を変更しておりますことをご了承ください。